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腸から炎

4/25より久しぶりに38℃の発熱を起こしまして、お腹もズキズキと痛んで吐き気もあり、なんじゃらほいと思って内科へ向かい診察してもらったところ、腸炎と診断されてしまいました!

腸炎なんて私の人生の中で1度も発症した事が無く、この病気の辛さが身にしみて分かりました。

朝は比較的元気なのですが、日が落ちるに従って体温の上昇と腹痛が強くなり始め、段々と体調が悪化していき、床につく頃には先の症状に加え、吐き気と寒気と尋常じゃない位の汗がしたたり落ちてきてさすがに死んでしまうんじゃないかと思ってしまいました(笑)

腸炎ノロウイルス等からくる「ウィルス性胃腸炎」とストレスや疲れからくる「ストレス性胃腸炎」があるみたいで、
先週末私事の一大イベントがあり二泊三日で東京の方へ出向いていまして、新幹線での往復、余りの人の多さ、さらにそのイベントで疲弊してしまったのでは無いかと推測しました。
自分が疲れていないと思っていても、多分それは自分が勝手に思っているだけで体は悲鳴をあげているんだなあと思いました。
近頃は睡眠時間を削って自己啓発に努めていたのが、いつの間にか自殺になっていたみたいです。
早めに気付けて良かったです。
やっぱり睡眠は大事ですね。

自分で友達を選ぶ

ある程度人間関係が構築された場所に、飛び入りで入った時等によく耳にする言葉があります。
例えば、「あの○○って人、すごい変な人だから近付かない方がいいよ」みたいな感じの言葉です。
向こうからすると、こちらの損得を考えての発言で、さぞ立派な人助けをしたつもりなのでしょうが正直うるさい黙ってろと思ってます。
また、その言葉を鵜呑みにしてその人を避ける様な態度を取る人も気持ち悪いと思ってます。

私は自分の友達くらい自分で決めれます。
あなた自分の友達くらい自分で決めたらどうですか?

自分でその人と真っ向から向き合ってみて、その人の事が分かった上で好きになるも嫌いになるもその人次第だと思います。

でも、人から「○○だから」って言われて何も考えずに従っていたらそんなつまらない人生無いと思います。
人生って自分自身の力で色んな事を考えて、悩みに悩み抜いた上で選択して切り開いて行くものなんじゃないですか?
だからこそ、生きてるって実感があって楽しいって思えるんじゃないですか?
他人に従うだけの人生ならいっその事、ロボットにでもなればいいじゃんって思うわけです。

その集団で嫌われている人が、自分は全然そんな事思えなくてって事もあっても良いと思います。
てかむしろ、無いとおかしいし、嫌ってるって人でさえ、周りに便乗してるだけの弱虫ちゃんが紛れ込んでいるはずなんですよね。
そして、「あの人を嫌いにならないと私もこの人達から嫌われちゃう」なんて思っちゃう事もあると思います。
私なんかは別に嫌われて良くね?と思うわけです。
私がその集団の中で嫌われているという人と向き合ってみて好きだと感じた。
なら、私は私自身が導き出した答えをただ信じるだけです。
それで、その集団から私が嫌われる事になろうが、そんな事で私を嫌う奴なんかは最初から友達なんかじゃなくてただの喋るゴミクズだったってだけなんですよね。
ゴミに嫌われても所詮ゴミだし、それ以上でもそれ以下でも無い。

だから、友達くらいは自分で決めましょうよ。
自分の気持ちを大事にして。
そうすれば、いつか必ず、
かけがえのない宝者に出逢えると思います。

夢を応援してやるのが友達

実は私にはとても応援してあげたい人が1人居ます。
その人は、高校時代からの友人で、卒業後に大手医療メーカーへ就職をしました。
しかし、とある事情により勤務1年で会社を自ら進んで退職しました。
退職する前に、これこれこういう理由で会社を辞めたいのだと友人やお世話になった学校の先生に相談しに行ったそうです。
相談を思い切ってしたのは言いものの、返ってきた言葉は「出来るわけがない。もう少し頭を冷やして考えろ。」という内容のものばかりだったそうです。
でも、彼はそんな言葉を跳ね除け、退職の道を選んだのです。

では、彼をそこまで動かしたその事情というのは一体何なのか。
それは、彼自身の夢を追うためです。
彼がまだ会社へ務めていた頃、カラオケにどっぷりハマり1人で1日カラオケボックスにこもりっきりになるほど好きになったらしいです。
しばらくすると、メトロノームマイマイクまでも揃え、いつからか彼は『ミュージシャンになりたい』という事を考え、それを夢とし、歩み出したのです。

この内容を彼から直接聞いたり、噂で知った人達が必ず最初に発する言葉は先にも述べた通り否定の言葉でした。
「叶うわけが無い。現実を見ろ。」などなど。

これを聞いて私は、これを言っている奴らは彼の本当の友達じゃないと私は思いました。
本当の友達ならば、夢を応援してあげるべきだと私は思います。
否定の言葉は、親や教師やその他の大人達がこちらがお願いしなくとも耳にタコが出来るくらい言ってくるし、その役目は夢を捨てた腐敗人に任せればいい。
否定の言葉で始める奴らは、自分自身が出来ないと勝手に思い込んでいて、その下らない理論を友達にも覆い被せて未来を潰そうとする悪魔だ。
アドバイスなんかして、偉そうにすんな。何もやれもしない癖に。口だけは達者なんだな。と思う。

プロのミュージシャンになる道は本当に狭き門だという事も彼も重々承知している。
それでも彼は、それを振り切って自分で夢を追いたいと思い、行動した。
そして、最初は彼1人きりだったけど次第に仲間も増え、バンドを組み、近々ライブをする事が決定したらしい。
小さいながらも偉大なる一歩を踏み出した。
そんな夢の為に生き始めた彼を私は心から応援したい。

報連相に対する疑問

会社での話なんですが、私の隣の職場が毎朝、上司のミーティングの後にその職場全員で輪になって「今日の目標は報連相の徹底!!」
という1日の目標宣言をしているのですが、報連相って強要するものでは無いんじゃないの?と思いながら聞いています。

『ほうれんそうが会社を強くする―報告・連絡・相談の経営学』という本でも綴られているように、いきなり頭ごなしに「報連相を徹底しろ」という前に、それが悪い情報でもどんどん出し合える環境を作る事が大事だと思います。

人間ですから失敗するのは仕様が無いです。でも、それに対して理詰めでガンガン来ると、その上司や先輩に対する恐怖感が生まれることもあり、「これを言ったらまた叱責されるかも。。。」という思考になり、結果的に悪い情報を口に出せず、事が大きくなって収集が付かなくなってしまうという事が考えられます。
間違った事をしたら叱られるのは当然ですが、後から「でもお前はここがいいんだよな〜頑張れよ」みたいな一言でフォローしてもらえると、また頑張らなきゃなって気持ちになると思います。自分のために叱ってくれたんだな〜って。
相手も人間ですからただ叱られるだけだと気が滅入ってしまいます。
仕事が出来るだけじゃなく叱った後のフォローもしっかりこなして初めて後輩思いの上司、先輩。
上下関係の中でも日々のこういったお互いの気持ちをくみ取るような意識を常に持って仕事を行うと報連相が強制しなくても自然と出来るような職場になると思います。

目標を達成するためには乗り越えた先にいる自分を想像した方が良い

春を感じさせるような温かさがしばらく続いていたものの最近になって冬が戻ってきたような寒さになりましたが元気に生きてます。
むしろなぜだか体の中からぽかぽかしています。まるで自分の中からエネルギーが湧いて出ているような。

さて、私は、今よりも自分自身を成長させたいという思いで、実はひっそりと禁欲生活を行っていました。
禁欲には様々な効果があるとネット上では言い伝えられております。
例えば、女子にモテるとか活力が湧いてくるとかスーパーサイヤ人のようになれるとか。
他にも沢山効果があり、検索してみると禁欲にはとても素晴らしい効果がある事が分かります。
禁欲経験者は分かると思いますが、今度こそはと思ってもまた挫折。。
次こそは!!と意気込んでもまた挫折。。
どうしても意志が弱くて続かないって事がよくあることと思います。
どうすれば敵である欲望に負けずに戦い続けられるのか自分で見つけ出した事を綴ってみようと思います。

自分を変えるというのは、心の野獣に屈さず、自分で自分の意思をコントロールする必要があります。
モテるという事を例に出して、「禁欲してモテる」という目標設定をしてしまうと確実に挫折します。
この目標にすると「また次の目標を立てて頑張ればいっか!」という判断をしてしまい、後悔の念に一生駆られ続けることになります。
ではどういう目標設定にすれば良いかと言うと「禁欲してモテる」ではなく「モテるために禁欲する」という風にすべきです。
禁欲してモテるにしてしまうと、禁欲というのはそれぞれ個人によって基準が異なります。1日でも禁欲と思う人もいるかもしれないし、それでよく1日も耐えたぞおれなんて事を自分に言い聞かせて妥協してしまうのがオチです。
しかも、「禁欲」と「モテる」が同じ軸にいるため禁欲してもモテねえじゃねえか!という風になりかねません。
これを乗り越えるためには、『理想とする自分』をまず先に思い描いて欲しいのです。
「モテている自分」という今よりも上のステップに「禁欲」という階段を駆け上がるという事を想像し、今、自分はゴールに向かってただひたすらに突っ走っているんだと思うのです。
そうすれば「禁欲」はただの過程に過ぎず、ゴールに集中する事が出来ます。
すると、気が付けば禁欲出来ていたという風になるのです。

小さな目標を立ててコツコツとやるのは本当にいい事だと思います。
でもまた今度でいいや、次こそは!
なんて事を繰り返してしまっている人は、ゴールに辿り着いている先の自分を想像し目標設定してみるといいかなと思います。

人を信じる前にまずは自分を信じよう

恋人や夫婦同士で比較的よく起こる喧嘩と思われるのが、浮気をしたかしてないかと相手を疑ってしまうこと。

実際に浮気をしてしまっているなら、素直に恋人に平謝りして土下座でも何でも出来る限りの謝罪を尽くすことです。それで、以前のような仲に戻るということは本当にごく稀で大抵の場合は、必ず溝が生じてしまうものです。

私が、浮気してしまった方から直接心情を伺った際に汲み取った感情はただただ後悔の繰り返しでした。表面上、言葉では許してくれたものの実際の両者の心の距離が深く広く空いてしまう。高い高い壁が眼前に築き上げられたような。暗い暗い海の底に沈められたような。そんな孤独で虚しい空気感がただただ広がっているようだと。

 

では、実際に浮気をしていない場合に疑われてしまった場合はどうでしょうか。

浮気をしていないのに疑われてしまうと、腹立たしいものだと思います。

やっていない罪をきせられるのですから。

では、どうして犯していない事に対してこうも攻め立てられてしまうのか。

こういう事が生じてしまう原因として、疑心暗鬼になっている相手がその人自身を信じていない事に他ならないと思います。

浮気をしていると思ってしまうのは、自分も浮気をしてしまう可能性があるから相手に注意を促しているのです。

「自分は浮気してもいいけど、相手がするのはムカつく!」という事なのでしょう。

もし、浮気なんて微塵も考えていないのであれば相手が「浮気をしているんじゃないだろうか」という思考すら生まれてこないはずです。

「私はあなたの事こんなに信じているのに。。。」などと言って悲劇のヒロインぶって相手を疑う事はせず、まずはあなたが『浮気なんてしない』自分自身を信じてあげることが必要なのではないでしょうか。

人に信じてもらう前に、他の誰よりも自分自身を信じてあげることが、恋人・夫婦関係のみならず人間関係において信頼を得るために最も重要な事ではないでしょうか。

仲が良い人、好きな人が〇〇したら冷めるとか言う人の心境

Twitterのタイムライン上で「恋人に対して百年の恋も冷める瞬間ランキング10!」みたいな記事が昨日、フォローしている人のRTによって流れてきました。

皆さんも似たような記事を見たことがある人も居ると思います。

私は「〇〇したら冷める」みたいに言う人は最初からそこまで好きではなかったんだろと思ってしまいます。

だって、本当にその人の事が好きで好きで堪らなかったらとある行為をしただけで冷めるなんてあり得ないでしょ。

嫌な行為なのならばその行為が良くない事を直接伝えたりして諭すと思うのです。

それもせずに冷めるというのならば、最初から好きではなかった。もしくは、嫌いになる材料を探しているとしか思えません。

「私は仲の良い人がこんなに居るんだよ!」「見て見て私の恋人!」

実際はこんな風に思いたいだけで人間を数でしか評価していない人なんじゃないかなあ。

ただのステータスとしてしか人を見ていないよね。

 

交友関係が広いのは本当に良い事だと思いますが、表面的な物の見方をしないようにしていきたいですね。